歴史はかぐわし 誉の秋田

 2016-11-03
2ヶ月ほど前の話になりますが、9月10日のYS横浜戦の日は、朝早くに秋田駅前に着いたので、市民市場で朝食を摂った後、近くを散歩しました。

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すると、秋田県が誇る思想家である平田篤胤の生誕地であることを示す石碑を発見しました。

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秋田県民歌の3番は、「篤胤(あつたね)信淵(しんえん) 巨人の訓(おしえ)」で始まりますが、これは秋田県が生んだ2人の思想家、平田篤胤と佐藤信淵を称えたものです。
この2人の思想家のうちの1人の生誕地を偶然にも発見しましたが、秋田駅前にこんな石碑があったとは知りませんでした。

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また、この石碑の近くには、秋田県の誇り、歩兵第17連隊の石碑もありました。
秋田歩兵第17連隊は第8師団を構成する部隊のひとつですが、この第8師団は、日露戦争最大の会戦である奉天大会戦の前哨戦である黒溝台会戦で、兵力差で5倍近いロシア軍の攻撃を食い止め、最終的にはロシア軍を撃退し、この戦いに勝利しました。

日本軍崩壊の危機を救った第8師団に対しては、日露戦争後、「国宝師団」の尊称が与えられています。
「国宝師団」の一員であった秋田歩兵第17連隊は、郷土の誇りです。

この後、試合まで時間があったので、千秋公園の方に行ってみました。
千秋公園に行くのは、大学3年生の夏以来かもしれません。

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千秋公園の入口の前には、東海林太郎の銅像がありました。
銅像に向かって右側にある黒いセンサーの前に立つと、、、

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東海林太郎の歌が流れます(笑)
東海林太郎も郷土の偉人です。

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千秋公園は秋田藩の藩主、佐竹氏の居城である久保田城の跡地にあります。

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城跡なので、山を登らないといけません。
山を登ると、城門、やぐら、藩主の銅像などが見えてきます。

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久保田城表門

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城門の説明文

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秋田藩最後の藩主、佐竹義堯(よしたか)公の銅像

公園を奥に進むと、御隅櫓(おすみやぐら)が見えてきます。
この御隅櫓に上ると、秋田市街だけでなく、男鹿半島の新山、寒風山が見えますし、反対側には大平山も見えます。

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秋田市街と新山と寒風山(写真右側の小さな山が寒風山です)

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秋田市街と寒風山

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大平山

御隅櫓(おすみやぐら)を出ると、秋田県民歌の3番の歌詞が頭に浮かんできました。

篤胤信淵 巨人の訓(おしえ)
久遠に輝く 北斗と高く
錦旗を護りし 戊辰の栄は
矢留の城頭 花とぞ薫る
歴史はかぐわし 誉の秋田

俺は秋田県民歌が大好きですが、幕末の戊辰戦争で庄内藩などに勝利したことを称える3番の歌詞も大好きです。

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錦旗を護りし 戊辰の栄は
矢留の城頭 花とぞ薫る

ちなみに、「矢留の城頭」は久保田城(現・千秋公園)のことで、千秋公園は花見の名所でもあるそうです。
花見の季節に千秋公園に行ったら、県民歌3番の世界を体感できますね。

YS横浜戦の朝、偶然にも平田篤胤の生誕地を発見し、その後、矢留城(久保田城)に足を運びましたが、これらの場所は、秋田県民歌3番の歌詞に書かれた場所なので、感慨深いものがありました。

なお、幕末の戊辰戦争(秋田戦争)で、秋田藩は華々しい勝利を飾ったのではなく、戦争の初期は周りの藩に4方向から攻め込まれ、滅亡寸前まで追い詰められています。
これについては、時間があれば改めて記事にしたいと思いますが、幕末の秋田藩は、盛岡藩に大館城を占領され、庄内藩には下浜、椿台まで攻め込まれ、甚大な被害を受けました。
この絶体絶命のピンチを凌ぎ、盛岡藩を大館から追い払い、庄内藩も領内から撤退し、秋田藩は最終的に勝利しました。
もちろん、秋田藩の独力ではなく、新政府軍の力を借りての勝利ですが、四面楚歌に近い状況を打破し、秋田藩は生き延びました。

こんな苦難の歴史を持つ秋田県ですが、ブラウブリッツにも似たような歴史があります。
それは、先日の記事で紹介した「スポーツナビ」のコラムに書かれています。

企業クラブから地域に根ざしたJクラブへ J2・J3漫遊記 ブラウブリッツ秋田 後編
http://sports.yahoo.co.jp/column/detail/201610250001-spnavi?p=2

先日の記事でもこのコラムのことは紹介しましたが、その中で、岩瀬社長が2012年に社長に就任した時、クラブは大赤字で、給料不渡りの危機も2回あったと明かしています。
ある意味、幕末の戊辰戦争(秋田戦争)で、秋田藩が椿台まで攻め込まれたような状態です。

しかし、秋田藩が庄内藩と盛岡藩を撃退したように、ブラウブリッツも8,000万円ほどの累損を解消し、そればかりか、2015シーズンの営業収益は2億6,200万円、経常利益は1,800万円を記録し、増収増益の傾向にあります。
ブラウブリッツは最悪の状態を脱し、反撃に出つつあると言って良いかもしれません。

そして、ブラウブリッツの進む先は何か?
俺としては、30年ほど前にブラウブリッツの前身のTDKサッカー部が所属していたJSL2部と同じところまで行ってほしいと思っています。
JSL2部は、現在で言えば、J2でしょう。
ブラウブリッツがJ2まで行って初めて、昔の栄光を取り戻せると思っています。

J2は、見たことのない世界ではなく、遠い昔、秋田県のチームが到達していた場所です。
いつの日か、ブラウブリッツもJ2に上がることを願っていますし、そのために力を尽くしたいと思っています。

歴史はかぐわし 誉の秋田

幕末の秋田藩は、滅亡寸前の状態から勝利を収めました。
ブラウブリッツも同じように苦境を脱し、J2昇格が可能となるようなクラブになるために進んでいると信じています。
まずは、今シーズン、過去最高の順位を達成するために戦おう!!

頑張れ、ブラウブリッツ!!

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